朝日新聞の体質が、露呈した。
1982年、当時、日本の教科書検定で「侵略」を「進出」と書き換えたと誤報したのはほとんどの大新聞であった。
ところが、産経新聞は事実は誤報と気付いたので、直後日に訂正を記載するとともに、共同誤報の事情まで詳細に報道した。(検定の内容
チェックは10種類ほどの教科書を各新聞社が分担したという、相互馴れ合いの仲から発生した。)
産経新聞は、のちに
雑誌「正論」でも
「侵略」から「進出」への書き換えの事実はなかった記事を掲載した。(渡部昇一「一犬、虚に吠え万犬実に伝う」)
私は、当時から誤報というよりも、途方もない虚報が広まって後日の教科書問題だの、歴史認識問題だのが深く広く展開してゆく事情を見てきた。
それで、最後まで誤報を謝罪しなかったのが朝日新聞であった。
ところが謝罪をしたと言う。
【
朝日新聞社説】2006年04月04日(火曜日)付
侵略と進出 事実を踏まえ論じよう
中国との外交などをテーマにした日曜日の
テレビ番組で、安倍官房長官が82年の「教科書書き換え問題」について発言した。次のような趣旨である。
教科書検定によって「侵略」を「進出」に改めたと報じられ、中国や
韓国から抗議された。日本は官房長官談話で事実上それを認め、謝罪した。しかし、「進出」と書き換えられた事実はなかった。ちゃんと調べて説明すればよかった。結果として大変な誤りを犯してしまった――。
政府のスポークスマンの発言である。検定で「侵略」という言葉を書き換えさせたことはまったくなかったと受けとめた人が多いのではないか。
また当時の政府は事実を調べもしないまま、官房長官談話を出して中国などに謝った。そう思った人もいるだろう。
しかし、いずれも事実とは異なる。
教科書の書き換えが問題になったのは24年前だ。若い人は知らないし、記憶が薄れた人も多いだろう。そんな中で、事実の一部だけを取り上げ、当時の政府判断を誤りと決めつけるような発言がそのまま独り歩きしては困る。これを機に、事実のおさらいをしておきたい。
82年6月、高校の教科書について検定結果が報道された。朝日
新聞を含め多くの新聞や放送が、「華北を侵略」という記述が検定によって「華北に進出」に変えられたなどと伝えた。
ところが、その後、「華北に進出」という表現は検定前から書かれていたことがわかった。その限りでは、安倍氏の指摘した事実はある。当時のずさんな取材を率直に反省したい。
では、「侵略」という言葉がすんなり検定を通るような状況だったかといえば、そうではない。中国との関係に限っても「侵略」の言葉を削られたり、「侵入」に変えさせられたりする変更が計4カ所あった。東南アジアについては「侵略」を「進出」に変えた例もあった。
それ以前の検定では、中国との関係で「侵略」を「進出」に書き換えさせられたこともあった。
82年の検定では、韓国も
独立運動などの記述をめぐって訂正を求めた。
文部省幹部らが中国へ
派遣され、自民党の三塚博、森喜朗両氏は韓国を訪れて説明した。この後、宮沢喜一官房長官が検定のあり方を改める談話を出した。
「華北に進出」と書き換えられた事実はなかったが、ほかの例や過去の検定を見れば、同じような問題がある。そう判断したからこそ、政府は官房長官談話を出したのだろう。
これを受けて、検定基準に「近隣諸国条項」が加えられた。
アジア諸国との歴史的な関係に配慮するというものだ。
歴史への反省を踏まえた当時の官房長官談話を否定するかのような、現在の官房長官の発言は、政府の姿勢に疑念を抱かせかねない。
テレビでの発言が意を尽くしていないのならば、改めて言葉を補った方がよくはないか。
〜〜〜〜〜
☆以上、ようやく朝日新聞が誤報を認めた社説である。
私は朝日新聞が、この誤報を認めたことを
という書物からようやく知った。(P125)
社説を読めば分ることですが、朝日新聞は、論理をすり替えて、素直に謝罪しません。
実は、この大新聞の、ゴーマン体質は歴史的なものです。
アジア太平洋戦争以前から、軍国主義をあおったのは、大新聞でした。ほぼ、満州事変ころから国民に真実を知らせなかったのです。その時から20年も経過しないうちに、敗戦しました。
新聞社の戦争責任、実は物凄く大きかったのです。
彼らこそ真実を伝える使命を果さなかったのです。
今でも朝日新聞は、ほとんどの誤報を認めようとしません。
アカヒ新聞となじりたくなります。
posted by のんびりへんじん at 21:00| 神奈川

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